藝茶楽とは

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連の紹介

連の創設

私が生まれ育った渭北(渭山=城山の北という意味)は娯茶平の地元。明と暗、静と動を使い分ける見事な技に惹かれ、24歳で入連以来踊り一筋の日々を過ごしました。
「ディスカバー・ジャパン」の掛声で日本大移動いわゆる旅行ブームの真っ只中、当然楽しむ踊りから見せる踊りへと大きく変身を遂げた阿波踊り。進化・変化の競い合い・・・
30歳半ばにして、“400年の歴史の中に自分の足跡を残したい”との思いが強くなり、本流を崩さず少し昔返りの型を加えた新しい踊りを創りたく、昭和50年(1975)に独立いたしました。

連名の由来

徳島の方言に「ゲジャラク」という言葉があります。お調子者、お気楽者という意味です。私たちが目指す阿波踊りのスタイルをうまく言い表しているのではないでしょうか。育てていただいた娯茶平から「茶」の文字をいただいて、藝茶楽という名称に決めました。漢字は当て字ですが「芸をお茶目に楽しむ」という意味を込めています。藝茶楽の創立によって、私たちも400年の歴史の1ページに加わることができると考えると、とても興奮しましたね。

衣装のデザイン

「和」の極み、粋を、白・黒・赤の三色で表現しました。シンプルにして奥の深いこの色調、好評を頂いています。


  連の歴史 >>
連長 福田嘉文
会長
福田嘉文

1940年徳島市生まれ。
娯茶平の副連長を経て、1975年に藝茶楽を設立。初代連長として、踊りと鳴り物の両方を指導する。趣味はサイクリングで、毎日40kmを自転車で走り、体力維持に努める。柔道3段、棒術2段、日舞の経験も持つなど、多趣味で知られる。